親が認知症でも不動産売買はできる?対策や成年後見制度のポイント!
「親が認知症になったら、実家を売ることはできるのだろうか」という不安を抱えている方は少なくありません。介護施設への入居費用が必要になったり、空き家になった実家の管理が難しくなったりと、不動産売却を考える場面は突然やってきます。
認知症になると本人の意思確認が難しくなるため、不動産の売買には特別な手続きが必要になります。けれど適切な制度を利用すれば売却は可能ですし、事前に備えておくことで手続きをスムーズに進めることもできます。この記事では、認知症の親が所有する不動産を売却する方法や、成年後見制度の活用方法について詳しく紹介していきます。
認知症の親が所有する不動産は売却できるのか
認知症の診断を受けた親の不動産を売却したいと考えたとき、まず知っておきたいのは「誰が売却できるのか」という基本的なルールです。不動産の売買には法律上のルールがあり、認知症の有無によって手続きが大きく変わってきます。
1. 原則として本人以外は売却できない
不動産の売却は、原則として所有者本人しか行えません。たとえ親子であっても、子どもが勝手に親名義の不動産を売ることは認められていないのです。
この原則は、所有者の財産権を守るために設けられています。もし家族が自由に売却できてしまうと、本人の意思に反して大切な財産が失われてしまう可能性があるからです。認知症になると判断能力が低下するため、この保護の必要性はさらに高まります。
ただし例外もあります。事前に「任意後見契約」や「代理権付きの信託契約」を結んでいれば、家族が代理人として売却手続きを進めることが可能です。こうした準備をしていない場合は、後述する成年後見制度を利用することになります。
2. 意思能力があるかどうかで判断が分かれる
認知症と診断されていても、すぐに売却できなくなるわけではありません。重要なのは「意思能力があるかどうか」という点です。
意思能力とは、自分の行為の結果を理解し判断できる能力のことを指します。軽度の認知症であれば、不動産会社や司法書士などの専門家が面談を通じて「契約内容を理解している」と判断すれば、通常の売却手続きが可能なケースもあります。
反対に、意思能力がないと判断された場合は、通常の売却手続きを進めることはできません。この場合は成年後見制度を利用して、後見人が代理で売却手続きを行う必要があります。意思能力の有無は、その後の手続きを大きく左右する重要なポイントなのです。
3. 家族が勝手に売却すると法的リスクがある
「親の介護費用が必要だから」「空き家になって困っているから」という理由があっても、家族が独断で売却してしまうと大きな問題になります。
意思能力がない状態で行われた売買契約は、法律上無効とされる可能性があります。つまり、せっかく売却手続きを進めても、後から契約が無効になってしまうリスクがあるのです。買主にも迷惑をかけることになり、トラブルに発展する恐れもあります。
また、委任状を使って代理で売却しようと考える方もいるかもしれません。けれど認知症で意思能力がないと判断された場合、委任状そのものが無効になってしまいます。委任という行為自体に意思能力が必要だからです。こうしたリスクを避けるためにも、正しい手続きを踏むことが大切です。
意思能力とは?どのように判断されるのか
不動産売却の可否を左右する「意思能力」ですが、具体的にどのような基準で判断されるのでしょうか。法律用語として難しく感じるかもしれませんが、実際の判断方法を知っておくと安心です。
1. 意思能力の法的な定義
意思能力とは、自分の行為がどのような結果をもたらすのかを理解し、それに基づいて判断できる精神的な能力のことです。不動産売買の場面では、「この家を売ったらどうなるのか」「売却代金をどう使うのか」といったことを理解できているかが問われます。
法律では、意思能力がない状態で行われた契約は無効とされています。これは認知症に限らず、泥酔状態や精神疾患などで判断能力が著しく低下している場合にも適用される原則です。
認知症の場合、診断を受けていることと意思能力がないことは必ずしもイコールではありません。認知症にも程度があり、軽度であれば日常生活や簡単な契約は問題なく行える方もいます。だからこそ、個別に判断する必要があるのです。
2. 司法書士や医師が確認する項目
実際の売却場面では、司法書士や不動産会社の担当者が意思能力の確認を行います。彼らは専門家として、本人と面談しながら慎重に判断を進めていきます。
確認される項目は、たとえば以下のようなものです。
- 売却する不動産が自分の所有物であることを理解しているか
- 売却することの意味や結果を認識できているか
- 売却価格が妥当だと判断できているか
- 売却後の生活について考えられているか
面談では、これらの質問に対して本人がどう答えるかが重視されます。曖昧な返答が続いたり、何度聞いても一貫した答えが得られなかったりする場合は、意思能力に疑問が生じます。
医師の診断も重要な判断材料です。売却後にトラブルにならないよう、「意思能力がある」との診断書や意見書を医師から取得しておくと安心です。
3. 軽度の認知症なら売却できる場合もある
認知症の診断を受けていても、必ずしも売却が不可能になるわけではありません。軽度の認知症で、契約内容を理解し判断できると専門家が認めた場合は、通常の売却手続きを進めることができます。
たとえば、日常会話は問題なくできて、売却の理由や使い道も明確に説明できる状態であれば、意思能力ありと判断される可能性があります。契約締結時と引き渡し時の両方で「不動産を売却した結果の行為を認識できている」と判断されることが条件です。
ただし、判断は慎重に行われます。グレーゾーンの場合は、後のトラブルを避けるためにも成年後見制度の利用を勧められることが多いです。専門家の判断を尊重し、無理に進めないことが大切です。
認知症でも不動産を売却する方法:成年後見制度の活用
意思能力がないと判断された場合でも、不動産売却をあきらめる必要はありません。成年後見制度を利用すれば、適切な手続きを経て売却を進めることができます。
1. 成年後見制度とはどんな仕組みか
成年後見制度は、判断能力が不十分な方の権利を保護し、財産管理や契約行為を支援するための制度です。認知症や知的障害、精神障害などで判断能力が低下した方を法的に守る仕組みとして設けられています。
この制度を利用すると、家庭裁判所が選任した「成年後見人」が本人に代わって財産管理を行います。後見人は本人の利益を最優先に考えながら、必要な契約や手続きを代理で進めることができます。
不動産売却の場面では、後見人が本人に代わって不動産会社との契約や買主との交渉を行います。本人は契約に立ち会う必要がなく、後見人が署名・押印を行うことで手続きが進みます。ただし、重要な財産を処分する行為にあたるため、後述するように裁判所の許可が必要になる点に注意が必要です。
2. 法定後見制度を利用した売却の流れ
法定後見制度を利用して不動産を売却する場合、以下のような流れで手続きを進めます。
まず、家庭裁判所に成年後見の申立てを行います。申立てができるのは、配偶者や子ども、孫などの4親等内の親族、または市区町村長などです。申立ての際には、本人の意思能力が低下していることを証明する診断書や、財産目録、不動産登記事項証明書などの書類を提出します。
次に、家庭裁判所が審査を行います。必要に応じて本人や申立人との面談も実施され、医師による鑑定が求められる場合もあります。審査には数週間から2〜3ヶ月程度かかることが一般的です。
審査を経て後見人が選任されたら、不動産会社と媒介契約を結び、売却活動を開始します。買主が見つかり価格の折り合いがついたら、後述する裁判所の許可を得たうえで売買契約を締結します。
3. 居住用不動産は家庭裁判所の許可が必要
成年後見人が選任されても、すぐに不動産を売却できるわけではありません。特に、本人が住んでいた自宅などの居住用不動産を売却する場合は、家庭裁判所の許可が必要です。
これは、居住用不動産が本人にとって非常に重要な財産だからです。住む場所を失うことは生活の基盤を失うことにつながるため、慎重な判断が求められます。後見人が勝手に売却して本人に不利益が生じないよう、裁判所がチェックする仕組みになっているのです。
許可を得るには、「居住用不動産処分の許可の申立て」を裁判所に行います。その際、売却の必要性を説明する資料を提出する必要があります。たとえば、介護施設への入居費用が必要であることや、自宅に戻る見込みがないことなどを示します。
もし裁判所の許可を得ずに売却してしまうと、売買契約が無効になってしまいます。手続きは少し面倒に感じるかもしれませんが、本人を守るための大切なプロセスだと理解しておきましょう。なお、居住用以外の不動産(賃貸物件や空き地など)の売却には、裁判所の許可は不要です。
法定後見と任意後見の違いは?
成年後見制度には「法定後見」と「任意後見」の2種類があります。どちらも本人を支援する制度ですが、利用するタイミングや手続きの流れが異なります。それぞれの特徴を理解しておくと、状況に応じた選択ができます。
1. 法定後見制度:認知症発症後に利用する方法
法定後見制度は、すでに判断能力が低下してしまった後に利用する制度です。認知症が進行してから家族が申し立てを行い、家庭裁判所が後見人を選任します。
この制度の特徴は、裁判所が後見人を決めるという点です。申立ての際に候補者を挙げることはできますが、最終的な判断は裁判所が行います。本人の財産状況や家族関係などを考慮して、最も適任と思われる人物が選ばれます。
法定後見制度はさらに「後見」「保佐」「補助」の3つに分かれています。これは本人の判断能力の程度によって区分されるもので、判断能力が最も低い場合が「後見」、ある程度残っている場合が「保佐」や「補助」となります。不動産売却のような重要な契約を行う場合は、多くのケースで「後見」の申立てが必要です。
手続きには時間がかかり、申立てから後見人選任まで2〜3ヶ月程度を見込んでおく必要があります。急いで売却したい場合でも、この期間は避けられません。
2. 任意後見制度:事前に契約しておく方法
任意後見制度は、本人にまだ判断能力があるうちに、将来に備えて契約しておく制度です。「もし認知症になったら、この人に財産管理を任せたい」と事前に決めておくことができます。
この制度の最大のメリットは、本人が自分で後見人を選べることです。信頼できる家族や専門家と契約を結んでおけば、いざというときに裁判所が知らない人を選任する心配がありません。契約内容も自分で決められるため、財産管理の範囲や方法について希望を反映させることができます。
ただし、任意後見契約は本人に判断能力があるときにしか結べません。すでに認知症が進行してしまっている場合は、この制度を利用することはできないのです。
また、任意後見を開始するには、実際に判断能力が低下した時点で家庭裁判所に申し立てを行い、「任意後見監督人」を選任してもらう必要があります。任意後見人の仕事を監督する人を置くことで、不正を防ぐ仕組みになっています。
3. どちらを選ぶべきかの判断基準
どちらの制度を選ぶべきかは、現在の状況によって変わります。
すでに認知症が進行していて判断能力が低下している場合は、法定後見制度しか選択肢がありません。任意後見契約を結ぶには意思能力が必要だからです。この場合は速やかに法定後見の申立てを検討しましょう。
一方、親がまだ元気で判断能力もしっかりしている場合は、任意後見契約を結んでおくことをおすすめします。将来の不安に備えられるだけでなく、本人の希望を尊重した形で財産管理ができるからです。
もし軽度の認知症で判断が微妙な場合は、専門家に相談することが大切です。司法書士や弁護士に状況を説明し、どちらの制度が適しているかアドバイスを受けましょう。早めの相談が、後のスムーズな手続きにつながります。
成年後見制度を利用する際の注意点
成年後見制度は認知症の方を守る有効な仕組みですが、利用する際にはいくつか知っておくべき注意点があります。事前に理解しておくことで、後から「こんなはずじゃなかった」という事態を避けられます。
1. 手続きに時間がかかる(2〜3ヶ月程度)
成年後見制度の申立てから後見人の選任までには、かなりの時間がかかります。一般的には2〜3ヶ月程度を見込んでおく必要があり、ケースによってはさらに長引くこともあります。
申立て後、家庭裁判所が書類を審査し、必要に応じて面談や医師の鑑定を行います。裁判所は慎重に判断を進めるため、どうしても時間がかかってしまうのです。
「介護施設への入居が決まったから、すぐに実家を売りたい」と思っても、後見人が選任されるまでは売却手続きを始められません。さらに居住用不動産の場合は、売却の許可申請にも時間がかかります。全体で3〜4ヶ月以上かかることも珍しくないため、余裕を持ったスケジュールを立てることが大切です。
2. 後見人は家族が選べるとは限らない
法定後見制度では、家庭裁判所が後見人を選任します。申立ての際に候補者を挙げることはできますが、必ずしもその人が選ばれるわけではありません。
特に、財産額が多い場合や親族間でトラブルがある場合は、弁護士や司法書士などの専門家が後見人に選ばれることがあります。これは本人の財産を適切に守るための措置ですが、家族としては「知らない人に任せるのは不安」と感じるかもしれません。
また、一度選任された後見人を途中で変更することは原則としてできません。よほどの問題がない限り、選任された後見人が本人の亡くなるまで職務を続けることになります。この点も、申立て前に理解しておく必要があります。
3. 一度始めると途中でやめられない
成年後見制度は、一度開始すると本人が亡くなるか判断能力が回復するまで続きます。「不動産売却が終わったからやめたい」と思っても、途中でやめることはできないのです。
これは、本人を継続的に守るための仕組みだからです。売却が終わっても、その後の財産管理や生活支援は必要です。後見人は定期的に家庭裁判所に報告を行い、本人の財産状況を管理し続けます。
また、後見人には報酬を支払う必要があります。専門家が後見人になった場合は特に、月額数万円の報酬が発生し続けます。本人が長生きすれば、その分費用も積み重なっていきます。後見制度を利用する際は、長期的な視点で考えることが大切です。
成年後見制度にかかる費用はどのくらい?
成年後見制度を利用するには、さまざまな費用がかかります。特に専門家が後見人になった場合は、長期にわたって報酬を支払い続けることになるため、事前に費用の目安を知っておくことが大切です。
1. 申立て時の初期費用
家庭裁判所に成年後見の申立てを行う際には、まず初期費用が必要です。主な費用は以下のようなものです。
| 項目 | 金額の目安 |
|---|---|
| 申立て手数料 | 800円 |
| 登記手数料 | 2,600円 |
| 郵便切手代 | 3,000〜5,000円程度 |
| 医師の診断書 | 5,000〜10,000円程度 |
| 鑑定費用(必要な場合) | 5万〜10万円程度 |
鑑定費用は、裁判所が必要と判断した場合にのみ発生します。多くのケースでは診断書だけで済みますが、判断能力の程度が微妙な場合などに鑑定が求められることがあります。
また、申立て手続きを司法書士や弁護士に依頼する場合は、別途報酬が必要です。相場は10万〜20万円程度ですが、事案の複雑さによって変わります。自分で申立てることも可能ですが、書類作成に不安がある場合は専門家に依頼したほうが安心です。
2. 後見人への月額報酬
後見人が選任された後は、継続的に報酬を支払う必要があります。報酬額は家庭裁判所が決定し、本人の財産額や後見人の業務内容によって変わります。
一般的な月額報酬の目安は以下の通りです。
| 本人の財産額 | 月額報酬の目安 |
|---|---|
| 1,000万円以下 | 2万円程度 |
| 1,000万〜5,000万円 | 3万〜4万円程度 |
| 5,000万円超 | 5万〜6万円程度 |
報酬は本人の財産から支払われます。家族が負担する必要はありませんが、本人の財産が減っていくことになります。
また、不動産売却のような特別な業務を行った場合は、通常の報酬に加えて「付加報酬」が認められることがあります。たとえば、売却価格の3〜5%程度が付加報酬として支払われるケースもあります。
3. 生涯にわたって費用が発生する可能性
成年後見制度は本人が亡くなるまで続くため、費用も継続的に発生します。たとえば、月額3万円の報酬を10年間支払い続けると、総額は360万円にもなります。
長期的な費用負担を考えると、本人の財産状況によっては大きな負担になる可能性があります。不動産売却で得た資金があっという間に減ってしまい、介護費用が足りなくなる心配も出てくるかもしれません。
費用を抑えるためには、親族が後見人に選任されることが一つの方法です。親族後見人の場合、無報酬または低額の報酬で引き受けることもできます。ただし、財産額が多い場合や親族間にトラブルがある場合は、専門家が選任される可能性が高くなります。
成年後見制度を利用する前に、長期的な費用をシミュレーションしておくことをおすすめします。必要であれば、後述する家族信託などの代替手段も検討してみましょう。
認知症になる前にできる対策
成年後見制度は有効な手段ですが、費用や手続きの面で負担が大きいのも事実です。認知症になる前に対策を講じておけば、よりスムーズに財産管理や不動産売却を進めることができます。
1. 任意後見契約を結んでおく
任意後見契約は、将来の認知症に備える最もオーソドックスな方法です。本人が元気なうちに、信頼できる人と契約を結んでおきます。
この契約では、「もし判断能力が低下したら、財産管理をこの人に任せる」という約束を公正証書で残します。契約内容は自由に決められるため、不動産の売却権限を含めることも可能です。
任意後見契約のメリットは、自分で後見人を選べることです。法定後見では裁判所が選任するため、知らない専門家が後見人になる可能性がありますが、任意後見なら家族や信頼できる専門家を指名できます。
契約を結ぶには公証役場に行き、公証人の立ち会いのもとで公正証書を作成します。費用は数万円程度で、法定後見の長期的な費用に比べればかなり抑えられます。親が70代に入ったら、一度検討してみる価値があります。
2. 家族信託で財産管理を任せる
家族信託は、近年注目されている財産管理の方法です。親が元気なうちに、子どもなどの家族に財産の管理を任せる契約を結びます。
この仕組みでは、親(委託者)が子ども(受託者)に不動産の管理権限を託します。受託者は親のために財産を管理し、必要に応じて売却することもできます。所有権の名義は信託登記され、管理権限が受託者に移ります。
家族信託の大きなメリットは、成年後見制度よりも柔軟に財産管理ができることです。裁判所の許可を得る必要がなく、受託者の判断で売却を進められます。また、報酬も家族間で自由に決められるため、費用を抑えることも可能です。
ただし、契約には本人の意思能力が必要です。すでに認知症が進行してしまっている場合は、家族信託を利用することはできません。また、契約書の作成には専門知識が必要なため、司法書士などに依頼するのが一般的です。初期費用として30万〜50万円程度かかりますが、長期的に見ればコストパフォーマンスは高いといえます。
3. 生前贈与で名義を移しておく
もう一つの対策として、生前贈与で不動産の名義を子どもに移しておく方法があります。親が元気なうちに名義変更しておけば、認知症になっても売却に支障はありません。
生前贈与のメリットは、手続きがシンプルなことです。贈与契約を結び、登記を変更するだけで完了します。成年後見制度や家族信託のような複雑な手続きは必要ありません。
ただし、税金面での注意が必要です。不動産の生前贈与には贈与税がかかり、評価額によってはかなり高額になります。年110万円までの基礎控除や、相続時精算課税制度などの特例を活用することで税負担を軽減できますが、事前に税理士に相談することをおすすめします。
また、名義を移してしまうと親の財産ではなくなるため、親の介護費用に使いにくくなる点にも注意が必要です。子どもが自由に処分できてしまうため、家族間の信頼関係がしっかりしていることが前提となります。
家族信託とは?成年後見制度との違い
家族信託は比較的新しい財産管理の方法で、成年後見制度とは異なる特徴を持っています。両者の違いを理解することで、状況に合った選択ができます。
1. 家族信託の基本的な仕組み
家族信託は、家族間で財産の管理を任せる契約です。親(委託者)が子ども(受託者)に財産の管理権限を託し、受託者は親の利益のために財産を管理します。
具体的には、親が所有する不動産を信託財産として子どもに託します。子どもは信託契約に基づいて不動産を管理し、賃貸に出したり売却したりする権限を持ちます。得られた収益は受益者である親のものとなり、介護費用などに使われます。
信託契約は公正証書で作成するのが一般的です。契約内容には、管理する財産の範囲、受託者の権限、報酬の有無などを明記します。不動産の場合は、信託登記を行って信託財産であることを公示します。
この仕組みの良いところは、親が認知症になっても子どもが継続して財産管理できることです。成年後見制度を使わずに済むため、手続きが簡素で費用も抑えられます。
2. 成年後見制度より柔軟に不動産を管理できる
家族信託の大きな利点は、成年後見制度に比べて柔軟に財産管理ができることです。
成年後見制度では、居住用不動産を売却する際に家庭裁判所の許可が必要です。許可申請には時間がかかり、必ずしも認められるとは限りません。一方、家族信託では裁判所の許可は不要で、受託者の判断で売却できます。
また、成年後見制度では後見人の権限が法律で定められており、積極的な資産運用は認められません。一方、家族信託では契約内容を自由に決められるため、賃貸経営や建て替えなども可能です。
費用面でも違いがあります。成年後見制度では専門家が後見人になると月額報酬が発生し続けますが、家族信託では家族間で報酬を自由に決められます。無報酬にすることも可能で、長期的な費用負担を抑えられます。
ただし、家族信託にも限界があります。たとえば、親の身上監護(介護施設の契約など)は信託の範囲外なので、別途対応が必要です。また、受託者が適切に管理しているか監督する仕組みが弱いため、家族間の信頼関係が重要になります。
3. 契約には本人の意思能力が必要
家族信託を利用するには、契約時に本人の意思能力が必要です。これは成年後見制度との大きな違いです。
認知症が進行してしまうと、家族信託の契約を結ぶことはできません。契約内容を理解し、自分の意思で判断できることが前提だからです。軽度の認知症であれば契約できる可能性もありますが、専門家が慎重に判断します。
契約時には、司法書士などの専門家が本人と面談し、意思能力を確認します。契約内容を説明し、本人が理解できているか、自分の意思で契約を結ぼうとしているかを見極めます。疑わしい場合は、医師の診断書を求めることもあります。
すでに認知症が進行してしまっている場合は、家族信託ではなく法定後見制度を利用するしかありません。だからこそ、親が元気なうちに家族信託を検討しておくことが大切なのです。「まだ大丈夫」と先延ばしにしていると、いざというときに選択肢が狭まってしまいます。
認知症の親の不動産売却でよくある疑問
実際に認知症の親の不動産売却を考えるとき、さまざまな疑問が浮かんでくるものです。ここでは、特によく聞かれる質問について答えていきます。
1. 認知症の診断書があると売却できないのか
認知症の診断を受けていても、必ずしも売却できなくなるわけではありません。重要なのは診断書の有無ではなく、「意思能力があるかどうか」です。
軽度の認知症であれば、司法書士や不動産会社の専門家が面談して意思能力ありと判断すれば、通常の売却が可能です。この場合、診断書があっても問題ありません。
むしろ、診断書があることで状態が明確になり、後のトラブルを防げる面もあります。売却後に「あのとき意思能力がなかった」と争いになるリスクを減らせるからです。専門家が慎重に判断してくれるため、安心して手続きを進められます。
ただし、診断書の内容が「中等度以上の認知症」などと記載されている場合は、意思能力なしと判断される可能性が高くなります。この場合は成年後見制度の利用を検討することになります。
2. 共有名義の場合はどうなるのか
不動産が親と他の家族の共有名義になっている場合、手続きがさらに複雑になります。共有不動産を売却するには、原則として共有者全員の同意が必要だからです。
もし共有者の一人が認知症で意思能力がない場合、その人の持ち分については成年後見制度を利用しなければ売却できません。たとえば、親と子どもが半分ずつ所有している場合、親が認知症なら親の持ち分だけ後見人を立てて売却する必要があります。
また、共有者が複数いてその一人が認知症の場合、他の共有者だけで売却を進めることはできません。全員の同意が揃わないと買主は購入できないため、必ず認知症の方の分も含めて手続きを進める必要があります。
共有名義の不動産は相続時によく発生しますが、将来的にトラブルの種になりやすいです。できれば親が元気なうちに持ち分を整理しておくか、家族信託などで管理しやすい形にしておくことをおすすめします。
3. 売却できないまま空き家になったらどうするか
認知症が進行してしまい、成年後見制度の手続きも進まないまま実家が空き家になってしまうケースもあります。空き家を放置すると、さまざまな問題が発生します。
まず、建物の劣化が進みます。人が住まない家は傷むのが早く、雨漏りやカビ、害虫の発生などが起こりやすくなります。放置すれば倒壊の危険も出てくるため、定期的な管理が必要です。
また、固定資産税は継続して発生します。使っていなくても、所有している限り税金を払い続けなければなりません。管理費用も含めると、空き家を維持するコストは意外と大きくなります。
対策としては、まず成年後見制度の申立てを急ぐことです。時間はかかりますが、後見人が選任されれば売却や賃貸の道が開けます。また、成年後見制度を使わなくても、定期的な清掃や見回りサービスを利用して建物を維持する方法もあります。
最終的には、後見制度を通じて売却するか、賃貸に出すかを検討することになります。空き家のまま放置しても良いことは何もないため、早めに専門家に相談して対応策を考えましょう。
まとめ
親が認知症になっても、適切な手続きを踏めば不動産の売却は可能です。成年後見制度を利用すれば、後見人が代理で売却手続きを進められますし、事前に任意後見契約や家族信託を準備しておけば、よりスムーズに対応できます。
大切なのは、「まだ大丈夫」と先延ばしにしないことです。認知症が進行してからでは選択肢が限られてしまいますし、手続きにも時間がかかります。親が元気なうちに家族で話し合い、将来に備えておくことが何よりの安心につながります。もし不安があれば、司法書士や弁護士などの専門家に早めに相談してみましょう。
